■ランボルギーニとVSRからの期待と“速く走ることよりも難しいこと”

 2021年シーズンの根本悠生の主戦場となったのはヴィンチェンツォ・ソスピリ・レーシング(VSR)とともに挑んだインターナショナルGTオープン、そしてスパ24時間レースだ。1995年国際F3000選手権チャンピオンのヴィンチェンツォ・ソスピリ監督率いるVSRは、前身となるチームがジュニア・フォーミュラでの活動を終えた後、ソスピリの母国イタリアを代表する自動車メーカー、ランボルギーニとともにレースを戦うことを目的に設立されたチームだ。

 2015年にランボルギーニ・スーパートロフェオ・ヨーロッパで活動を始めると、同時に、ランボルギーニのモータースポーツ部門『スクアドラ・コルセ』、そして日本のZAP SPEED RACING TEAMとジョイントし『VSR Lamborghini SC Junior Team』として日本のFIA-F4に参戦。翌年、同じくZAP SPEED RACING TEAMがメンテナンスを担当したKCMGより参戦していた根本悠生が、イタリアで行われた『VSR Lamborghini SC Junior Team』のテストプログラムに志願。初めての海外サーキット、初搭乗のランボルギーニ・ウラカン・スーパートロフェオでいきなりレギュラードライバーのタイムを上回ったことで、欠員が出たイタリアGT選手権のスーパーGTカップクラスへ参戦するVSRのシートを獲得したことが、現在の根本悠生の海外レース活動のきっかけとなった。

 2018年はセッティングの知識を深めたいといった意図から全日本F3選手権に参戦したものの、2016〜2017年、2019年とVSRでランボルギーニ・スーパートロフェオのステアリングを握った。ヨーロッパ、アジアでの経験を積み、2020年はGT3マシンで争われるイタリアGTスプリント選手権にステップアップ。GT3レース参戦初年度でドライバーズタイトルを獲得し、ランボルギーニ育成ドライバーの中でも秀でた成績を残すこととなった。

 先述したアジアン・ル・マン・シリーズでGarage59から参戦したことを除き、海外レースでは一貫してVSRから参戦しているだけに、チーム代表のジェシカ・グルームバーグと監督のソスピリ、そしてエンジニアやメカニックからの信頼は厚い。それだけに、2021年に根本に与えられたミッションは困難なものだった。

 2020年のイタリアGTスプリント選手権では、若いトーマス・トゥユラとタッグを組んで挑んだ。トゥユラは経験不足もあり、コースオフなどのミスも度々見られた。根本は自分よりも若いトゥユラのミスを補い、そしてともに成長することでふたりはシリーズチャンピオンの栄冠に輝いた。

 翌2021年のインターナショナルGTオープン参戦にあたり、VSRはフレデリック・シャンドルフとミケーレ・ベレッタを63号車に、根本悠生とバプティスト・ムーランを19号車に起用した。シャンドルフは2020年のGTワールドチャレンジ・ヨーロッパ・エンデュランスカップにおいてシルバークラスのチャンピオンに輝いたドライバーであり、2019年にもVSRからブランパンGTワールドチャレンジ・アジアに参戦したドライバーだ。コンビを組むベレッタも2020年のヨーロピアン・ル・マン・シリーズのGTEクラスを制し、同年のル・マン24時間レースに参戦するなど、両名ともランボルギーニ育成かつ、ビッグレースでの輝かしい経歴を誇っていた。

 一方、根本とコンビを組む当時21歳のムーランはGT3レース2年目で未だ四輪レースでのタイトルはなかった。これはあくまで筆者の憶測に過ぎないが、VSRは63号車をエースとし、19号車をサポート、かつ4人のうちで“末っ子”にあたるムーランの育成に充てたのではないだろうか。新型コロナ禍が続き、アジアを中心にGT3レースの開催中止が続く中、ひとつでも多くのシリーズを制したいランボルギーニは、育成部隊であるVSRにインターナショナルGTオープンのドライバー&チームのWタイトル獲得、そして育成ドライバーの実力の底上げを望んでいたのではないか。

 そうした“仮定”を基準とすればムーランのチームメイトに根本悠生が起用されたことも合点がくる。根本はひとりのドライバーとしてだけではなく、ドライバーのコーチとしても実績を上げていたからだ。一例を挙げると、2019年のランボルギーニ・スーパートロフェオ・アジア参戦中、VSRから参戦したジェントルマン、クマール・プラバカランは「根本のコーチングのおかげでラップタイムが向上したよ」と嬉しそうに語っていた。その様子を韓国インターナショナル・サーキットで見かけた際、プロフェッショナルドライバーに求められる“コーチング”という仕事の重要性と需要の高さを思い知らされたことをよく覚えている。

 VSR在籍歴は全ドライバーの中で最長、かつイタリアGTスプリント選手権でトゥユラを支えつつチャンピオンに輝いた根本は、ランボルギーニ育成ドライバーの実力の底上げというミッションを課するに値する。そうソスピリ監督は考えたのではないだろうか。事実、VSRはインターナショナルGTオープンでシャンドルフ/ベレッタ組がドライバーズタイトルを獲得。根本/ムーラン組がランキング4位に入り、チームタイトルも獲得した。

 また、エースカーのドライバーとならなかったことで、シャンドルフ、ベレッタに対し、根本が劣っていると考えるのは早計だと記しておく。経験の少ない若手のサポートという重要な役目を、チームが信頼に値しないドライバーに任せることはない。時に損に見える役回りも任せられる、それだけの信頼を海外チームから得られた日本人ドライバーが過去何人いただろうか。

 根本悠生への信頼はスパ24時間への起用にも表れている。VSRチーム初の24時間レース参戦にあたり、VSRは根本、ムーラン、そして『ランボルギーニ・ヤングドライバーズ・プログラム』からグレン・ヴァン・ヴェルロ、アウディスポーツ・アジアの契約ドライバーのマーティン・ランプの4人を起用した。

 ヴァン・ヴェルロ、ランプはともにVSR初加入であり、ランボルギーニ・ウラカン GT3 Evoでのレース経験も多くはない。ランプは耐久レースの経験を買われての起用だが、同じフォルクスワーゲン・グループといえど、アウディスポーツ・アジアと契約する他メーカー系のドライバーだ。そこで、ドライバー陣を率いる立場となったのは根本悠生だった。それは戦前から続く伝統の一戦のスタートを任されたことからもお分かりのとおりだ。

 海外レースに参戦するドライバーを評価する際、情報の少ない日本国内からではどうしてもリザルトに比重を置いてしまいがちだ。それはひとりで戦うフォーミュラカーレースであれば当てはまるかもしれないが、複数人でマシンをシェアし、チェッカーを目指すGTレースのドライバーを単独評価する際には少し事情が異なると留意する必要がある。

 2021年の根本悠生のレースは、リザルトだけではイタリアGTスプリント選手権のチャンピオンのような輝かしいものはなかっただろう。しかし、レースへの取り組み方や、チーム、自動車メーカーから課せられたミッションに目を当てると、自動車メーカーの看板を背負って走るワークスドライバーへのステップに欠かせないスキルとノウハウを学ぶシーズンとなったということに気付かされる。1勝も挙げなかったリザルトは誇れるものではないかもしれない。ただ、近い将来「あの2021年シーズンがあったから」と根本悠生が話してくれる日が訪れるような気がしてならないのだ。

 “世界で戦う日本人ドライバー”がやっていることは、ただ速く走ることよりも難しい。人生の歩み方にも似た奥深さがあったのだと思うと、彼の過ごした2021年の1戦1戦が愛おしくすら感じられる。

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